着物を着るなら茶道・華道をかじっておくといい——所作が変わる話
「着物を着るのに、茶道・華道を知らないのはどうか」——そう思ったのがきっかけです。
着物を着てから、茶道・華道を習い始めた
茶道・華道を習い始めたのは、着物を着るようになってからです。順番が逆だと思う方もいるかもしれませんが、私にとってはそれが自然な流れでした。
着物を着て外に出るうちに、ふと気になり始めたのです。着物という日本の衣装を身につけながら、茶道も華道も知らないのはどうだろう、と。着物は日本の文化の中で生まれたものです。それを着ているなら、同じ文化の土台にある茶道や華道を知っておくのは自然なことではないか。そう思って、稽古を始めました。
初釜に袴で参加した
茶道の稽古では、普段は洋服で通っていました。しかし年に一度の「初釜」だけは別でした。
初釜とは、新年最初のお茶会のことです。改まった場であり、正装が求められます。着物を持っている私は、袴も着用して参加しました。
袴を着て茶室に入ったとき、その場の空気が普段とは違うと感じました。着物・袴で正座をし、お点前を拝見する。その一連の場面のなかで、洋服では気づかなかったことが見えてきました。所作の一つひとつが、着物という衣装と深くつながっているということです。
袴で茶室に入ったとき、着物と所作がひとつにつながった気がしました。
所作がかなり変わった
茶道・華道を習って、いちばん実感したのは所作の変化です。かなり変わりました。
茶道では、動作のひとつひとつに意味があります。立ち方、座り方、物の置き方、歩き方。すべてに理由があり、それを身につけるうちに、着物を着たときの自分の動きが変わってきました。
着物は、動きに制約があります。袖が広く、裾が長い。無意識に動くと着崩れる。ところが茶道の所作を知っていると、その「制約」が邪魔に感じなくなります。茶道の動きと着物の構造が、もともと合っているからです。
華道は少し違う角度からの変化でした。空間のなかで何かを整える意識——花を活けるときの集中と静けさが、着物を着て場に臨む心構えに似ていると感じました。
簡単でいいから、かじってみることをすすめる
茶道・華道をプロ並みに習得する必要はありません。私自身も、専門的な技術を持っているわけではなく、「かじった」程度です。
それでも、基本的な所作を身につけるだけで、着物姿は変わります。なぜその動きをするのかがわかると、着物を着ているときの自分の体の使い方が自然と変わってくるからです。
着物は「着ること」が出発点ですが、茶道・華道を少し知っておくと、着姿に深みが出る。20年着てきた中で、これは確かだと感じています。
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